PROJECT04CHANGE

PLANNING

経験値はほぼゼロ。
暗中模索のスタート。

港区に自社で保有していた賃貸マンションをリノベーションして販売することが決まったのは2016年春先のことだ。 竣工から十数年が経ち、当該賃貸マンションの収益性の大幅な改善に限界があると考えられ、一方で都心の不動産市場の活況を好機と捉えた結果だった。 市場のリノベーション・ニーズの高まりが、この決断を後押ししていたのも間違いない。 また、小田急不動産がリノベーション事業を行っているという認知度をもう一段高めるためにも、都内で自社が事業主となって超高額物件を開発することに意味があった。

しかし、「ほとんどゼロからの挑戦だった」と仲介営業部リノベーショングループでサブリーダー(当時)を務める山岸 求は語る。

「会社としてはリノグラン東林間という実績がありますが、今回は当社が単独事業というだけでなく、1戸の販売価格が数億円という超高額物件です。 こうなると、社内のどこを探しても、まったく知見はありませんでした。 しかも、私自身、新築部門から異動してきたばかりでリノベーションの経験はゼロ。 何から始めればいいのかを探るところからのスタートでした。」

まずは社内外のあらゆるツテを頼って、高額帯のリノベーション物件を手掛けた実績のあるデベロッパー数社を訪問。 事業の進め方から社外で組むべきパートナーについて、根掘り葉掘りヒアリングして回った。 設計会社、施工会社の選定や入居者との交渉など、情報を集めなければならないことは山のようにあった。

訪問したどの会社からも、「都心の高額帯のリノベーションなら」と出てきた社名があったという。 それが、協力会社となる財閥系の不動産会社だった。 こう話すのは、山岸とともにこのプロジェクトを担当した遠藤夏美だ。

「中古物件のリノベーションによって、どれほど素敵な住戸に生まれ変わらせても、その販売価格が億超えとなると、売るためには相応のノウハウや富裕層の顧客との接点が欠かせません。 このいずれの条件も兼ね備えているのが、同社だというのです。 それであれば、多数の実績を持つ彼らの視点で売りやすい超高額リノベーション物件のアイデアを出してもらい、設計にも活かしたほうがいい――そう考え、設計の初期段階から関わってもらうことにしました。 また、今回のプロジェクトでは、入居者が生活している状態で工事を行うため、リノベーション工事の経験が豊富にある施工会社の選定も不可欠でした。」(遠藤)

こうして小田急不動産を中心に、企画支援と販売を担う財閥系不動産会社のほか、設計会社、既存建物の調査会社、共用部のバリューアップや専有部の工事といった高額リノベーションの工事経験がある施工会社、共用部に設置するアートのディレクションを行うアートディレクターなど、各分野の専門家を結集した体制が整っていったのだった。 ただし、この体制が出来上がるまでには、1年という時間が必要だった。 そして、第1期販売開始までには、すでに1年を切っていた。

体制が整ってからは工事を推し進めるだけ…というのであればいいのだが、本プロジェクトでは、新築の現場にはない困難の連続であった。

「入居者の普段通りの生活を確保しながら工事を進めるため、入居者への細やかな配慮や、工事の制限が必要でした。」(遠藤)

例を挙げると、大きな音の出る工事は入居者が不在のタイミングで行ったり、搬入等でエレベーターを使用する際は、事前の連絡を徹底したりと、枚挙に暇がないが、入居者の普段通りの生活を担保するために要する労力は予想の上をいくものだった。

「また、建築的にこれまで見えなかった部分が工事を進めることで判明することもありました。 例えば、天井裏に回す配管のスペースが予定より小さかったことや、床に段差が生じてしまうことなど、工事中に対策を検討したり、設計変更をせざる得ないことが多々ありました。 工事中は常に想定外のことが起きており、そのたびに予定通りの時期に完成するのかという不安な気持ちが頭をよぎりました。」(遠藤)

CREATING

自らがハブとなって、
専門家たちの力を引き出す。

工事が始まる以前にも大きな方向転換を行っている。 企画がほとんど固まったタイミングで白紙近くまで戻したのだ。

「仕様や設備が具体的に決まっていくなか、販売会社の担当者から、『これでは超高額物件の企画としては物足りない』と指摘を受け、床の仕上げ材や装飾、水まわりをはじめとした設備、家具など、ほぼすべてを見直す決断をしました。 当然、施工会社からは工期が足りなくなるといわれました。 それは販売期間が短くなることでもありましたが、そもそも価格に見合う物件をつくらなければ、販売期間がいくらあっても売れません。 だから、お客様に自信を持って勧められるもの、お客様に買いたいと思っていただけるものをつくろうということを関係者みんなで再確認して、妥協しない道を選んだのです」(山岸)

ただし、これ以上の手戻りは致命傷になりかねない。 そこで、イメージの共有の密度を高めるため、関係者の集まることのできる限られた時間の中で、可能な限り現地へ足を運んで対面で言葉を交わす機会をつくった。 ショールームへ何度も通い、実物を前にしながらイメージをすり合わせていった。

お客様に評価される物件を生み出すため、私たち事業主は立場の違う各分野の専門家たちが力を存分に発揮できるよう導いていくことが求められます。 それと同時に、予算管理や最終的な決断を下す重要な立場にあります。 関係者同士の調整役として意見を取りまとめながら最良の着地点を見出していく…そのために頭と体を使うのが私たちの役目です。 これまで経験してきた、ある程度の分業体制ができあがっている新築分譲とは違い、このプロジェクトでは企画から引き渡しまで一気通貫ですべてに関わるため、設計者や施工者、広告代理店、販売会社、既存入居者、お客様など関係者も多くなり、関係者同士を結びつけるハブとしての役割がより一層、重要になってきます。 その分、自分が手掛けた物件だという思い入れや自負も強くなるので、そこが面白いところでもあります」(山岸)

山岸や遠藤をはじめ関係者全員が思いを込めた結果、10戸未満で販売総額数十億円という、小田急不動産として初の超高額リノベーション物件は完成した。 その後もこのプロジェクトで得られた知見を活かし、都心の高級マンションの区分リノベーション物件等を継続して事業化、リノベーション事業(買取再販業)を当社の5事業の一つとなるまで事業を大きく成長させた。 現在では、山岸はリーダー、遠藤はサブリーダーの責を負いながら、今後もリノベーション事業を牽引していく。

※掲載情報は2022年12月時点のものです